Ehrlund Microphones
EHR-T

さて今回見ていくのは以前レビューしたEHR-MのマルチパターンVerと表現しても良さそうな、EHR-Tです。

以前から国内ラインナップも増え(-D,-E,-M1)EHRファミリーが増えてきましたね。早速見ていきましょう。

Product Overview of EHR-T

EHR−Mのマルチパターンverと表現しましたが、どうやら一つのユニットにEHR-Mが背中合わせで2個入っている、という表現の方が正確なようです。指向性を切り替える、というよりは後で変更することが可能、という方が近いかもしれません。
Specです。

タイプ
Ehrlund特許 トライアングル・カプセル・メンブレン コンデンサー・マイクロフォン
指向特性
可変(Omni,Figure-8, Cardioid, supercardioid)
周波数範囲
7 ... 87,000 Hz
インピーダンス
あらゆるインピーダンス値にも対応(周波数特性も変わりません)
セルフノイズ(絶対レベル)
7 dBA以下
最大音圧入力レベル
125 dB
動作電圧
48 Vファンタム電源,2.0 mA×2
コネクター
標準5ピンXLR
構造
アルミニウム製本体,高靱性ステンレス鋼製メッシュ
寸法
ø60 mm×155 mm
重量
350 g
付属品
5ピン-3ピン×2 XLRケーブル
生産国
スウェーデン

EHR-Mが2個入っていてさらに独立して出力されるのでSpecはほぼEHR-Mと同じですね。

指向性の設定の仕方が面白いです。本体に搭載のスイッチでカチカチ、とという感じではなく、個別に出力された2つのEHR-Mのバランス、位相をコントロールすることにより変化させます。Mid/Side stereoからLR Stereoに変換する時にMid/SideのバランスでL/Rのwidthをコントロール可能な感覚に近いのかもしれません。

実際、単一指向性というのは数学的には双指向性と無指向性を足して2で割った状態です。また鋭指向性、狭指向性も双指向性と無指向性のバランスを変化させることで作ることが可能ですから超指向性以外は作れると考えて良いと思います。

代理店のページに設定例が掲載されています。

せっかくなので(?)極座標を使用して指向性の設定を見ていきましょう。既述の通りEHR-TはEHR-Mが2つ、背を向けて配置されている訳ですがその正面側の指向性を$D_F$,背面側の指向性を$D_R$とすると極座標形式でそれぞれ,

$$D_F=\frac{1+\cos \theta}{2}, D_R=\frac{1+\cos(θ+\pi)}{2}=\frac{1-\cos\theta}{2}\ (\theta\in[0,2\pi))$$と記述できます。

これら2つの単一指向性のtransducerの音量、位相を変化させて様々な指向性を得ることができます。

Omni-directional

front diaphragm とrear diaphragmのgain,level,位相を同じ設定にする事で得られます。

EHR-Tの指向性を$D_T$とすると
\begin{eqnarray}D_T&=&|D_F+D_R|\\&=&\left| \frac{1+\cos \theta}{2}+\frac{1-\cos\theta}{2} \right|\\&=&\left |\frac{1+\cos\theta+1-\cos\theta}{2} \right|\\&=&\left|\frac{2}{2} \right|\\&=&1\end{eqnarray}
と無指向性が得られます。

Uni-Directional

Rear diaphragmの回線のlevelを$-\infty[\mathrm{dB}]$にする事で得られます。

EHR-M 1つ分ですので当たり前ですが、

\begin{eqnarray}D_T&=&|D_F+D_R \times 0|\\&=& \left|D_F \right| \\&=&\frac{1+\cos \theta}{2}\end{eqnarray}

と単一指向性が得られます。当たり前ですが正面方向を$-\infty[\mathrm{dB}]$,背面方向を$0[\mathrm{dB}]$にすれば背面方向の音声が単一指向性で得られます。

Bi-directional

Front diaphragmに対しRear diaphragmの位相を反転しgain, levelを同じにします。

\begin{eqnarray}D_T&=&|D_F+D_R \times(-1)|\\&=&|D_F-D_R|\\&=&\left|\frac{1+\cos \theta}{2}-\frac{1-\cos\theta}{2}\right|\\&=&\left|\frac{1-1+\cos\theta + \cos\theta}{2}\right|\\&=&|\cos\theta|\end{eqnarray}

と双指向性が得られます。

この他にもRear diaphragmの位相を反転させたままRear側のLevelを少し下げると鋭い指向性が作れたり、Cardioid patern setting($D_F:0[\mathrm{dB}],D_R:-\infty [\mathrm{dB}]$)でRear diaphragmのレベルを少し上げることで、もしくはOmni directional setting($D_F:0[\mathrm{dB}],D_R:0[\mathrm{dB}]$)からRear diaphragmのレベルを少し下げることでWide-cardioidという特性も再現可能です。

数式ばかりで恐縮ですがFront,Rearともに同相の場合には、Rear側のレベルを$L[\mathrm{dB}]$ ($L\in(-\infty,0]$)とすると、\begin{eqnarray}D_T&=&|D_F+10^{\frac{L}{20}}D_R|\\&=&\left|\frac{1+\cos\theta}{2}+\frac{10^{\frac{L}{20}}(1-\cos\theta)}{2}\right|\\&=&\frac{1}{2}|1+10^\frac{L}{20}+(1-10^\frac{L}{20})\cos\theta|\end{eqnarray}という式で特性の変化を表すことが可能です。無指向性と単一指向性をシームレスに変換可能です。

上記数式においてFront diaphragmを0dBに固定しRear diaphragmのレベルを0dBから-40dBまで1dBステップで変化させたときの$D_T$の変化をGIF動画にしてみました。EHR-T Omni-cardioid

いかがでしょうか?1dB Stepなのでカクカクしていますが、Faderは擬似的にですが連続に動かせるので指向性が滑らかに変化していく様子が感じられると思います。Wide-cardioidの明確な定義が見つからなかったのですが、-12dBあたりがいいのかなと思いました。まぁ、-8dBあたりから-16dBあたりで好みでいいと思います。素材や目的にも寄ると思いますし。

FrontとRearが逆相関係の場合には、同様にして、Rear側のレベルを$L$[dB] ($L\in(-\infty,0]$)とすると、\begin{eqnarray}D_T&=&|D_F-10^{\frac{L}{20}}D_R|\\&=&\left|\frac{1+\cos\theta}{2}-\frac{10^{\frac{L}{20}}(1-\cos\theta)}{2}\right|\\&=&\frac{1}{2}|1-10^\frac{L}{20}+(1+10^\frac{L}{20})\cos\theta|\end{eqnarray}という式で表現可能です。単一指向性と双指向性をシームレスに変換可能です。同様にFront diaphragmを0dBに固定しRear diaphragmのレベルを0dBから-40dBまで1dBステップで変化させていったときの$D_T$の変化をGIF動画にしてみました。EHR-T Figure8-cardioid

これらはすべてセンターパンにしたときの設定ですが、マイキングによってはFront=L ch/Rear=R chという使用も(=単一指向性 x2)可能だと思いますし、mixingの際にAutomationでこれらをEffectiveにコントロールできると思うとそれだけで楽しみです。

Sound Impression of EHR-T

さて実際の音に参りましょう。基本的な印象はEHR-Mと同じですのでEHR-Mに関してはそちらのレビューをご覧いただくとしてここでは前節で紹介した指向性の変化にフォーカスしてみていきたいと思います。

Orchestraを収録できていればそちらのほうが面白いと思うのですが、そうも行かなかったのでDsのOverheadに使用してみました。OverheadというよりはKickとSnareの上部0.8m,クラッシュシンバルのやや上、くらいのところです。

下のEhrlundの動画を見ていただと、Overheadの2本で、流石にタイトさには欠けるものの、バランスよくDs kit全体が収録されているのがわかっていただけるとわかるかと思います。

EHR-Tもこの傾向は同じで、「あの部分に頭があったらこう聞こえるのかな」、と感じます。

収録に際してはOverheadにEHR-Mを2本使用し、各パーツにもいわゆるOn-Micを使用してあります。収録後ドラマーに「こんな感じのバランスどうかな?」と説明してたときにまず、Overheadの回線がとても良い、とまた、EHR-Tの回線も非常に使いたい!といってもらえました。
Ds kitの音が非常に立体的で細部まで素晴らしい!と手放しの絶賛です。

彼は数週間前にも録音に来てくれていてその時とEHR-M,Tを除いて同じマイク、同じHAを使用したのですが、前回のDsのPlaybackと聴き比べてDsの立体感の違いに2人で驚きました。ここまで違うかと。

指向性のコントロールに関して

EHR-Tの特徴の一つ、指向性をシームレスにコントロールできる、の部分を見ていきましょう。

上記のDs TrackのEHR-TのトラックはFront sideとRear sideで収録してある訳ですが、それらのPanを L/Rに振るとStereo音像が得られます。X-Yより広めの音像です。
それらを同位相のままセンターパンにしてみるとすんなりとL+Rの音が得られます。書いていることは当たり前のこのなのですが、すんなりというのが驚いた部分です。センターパンにするだけですからそこまでの大仕事ではありませんが、もっと位相がぐしゃっとするのかな、と勝手に思っていたのです。L/Rをミキサーなどでセンターモノラル(Mi-sideのMid)にしたことがある人はわかると思うのですがLとRで干渉する部分があります。同一カプセルに収められているとはいえ少しは干渉があるんじゃないかと思っていたのですが、脱帽です。位相特性が極めて優秀なのでしょう。

さてRear sideのFaderを下げてみました。すーっと、Rear sideの音がなくなっていきます。Faderを下げているのですから当たり前ですがなんだか不思議な感覚です。

片側を逆相にしてFaderを同じレベルにしていくとDiaphagm軸上と直行をなす平面上の音がすーっと消えていき双指向性になってきたことがわかります。

Ds Recの際にRoom Micとして使用してMixingの際に指向性をコントロールしたり、PfのOff micとして使用したりするのが面白いんじゃないかと思います。

また、ちょっと贅沢ですが、EHR-MとEHR-Tを使用してMid-Side収録を行うと楽しそうです。

Afterwords

数式を使った説明はいかがでしょうか?読者の方が、理系か文系かで大きく評価が分かれそうですね(苦笑)。グラフの変化も付けたのでイメージはしやすかったのではないか、と思っています。
実際には数式を意識することなく、無指向性、双指向性、単一指向性の3パターンの作り方を覚えておいてあとはFaderを動かして、いい感じのところで止めればいいだけなので運用面では使用は難しくないと思います。

プラグインで指向性をコントロールできるモデリングマイクも多々ありますが、EHR-Tの指向性制御の方法ですとプラグインのCPUパワー消費量などを気にしないで使用していけるのはありがたいですね。

DAWがメインレコーダーのこのご時世ですから1本のマイクで2ch消費する、というのはあまり問題にならないと思います。

レスポンスが良いマイクに面白い機能が搭載されている、といってもいいかもしれません。大きな空間ので収録などに大きく役立ちそうです。

5ピン-3ピン×2 XLRケーブルに関してはX2X3106,X2X3106Bなどもご利用いただけます。

次世代の、というと言い過ぎな気がしますが、マイクの新たな可能性を感じることができるEHR-T、興味がある方ぜひとも前向きご検討ください。決して後悔はしないと思います。

Ehrlund Microphones,EHR-T 画像

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